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夜のリレー

「絵本便」数百冊の蔵書を持つ妻が、私宛に選んだ絵本の備忘録。

きんだあらんどへ行ってきた。

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夏のドライブ旅行。
奈良、京都、福井、富山、長野と走る。
毎晩、宿で次の目的地の情報収集をした。
奈良の宿で「京都 絵本」という2つの検索ワードで探したら、祇園の傍の住宅街にある
この絵本ショップを見つけた。
本屋というよりは、本を大切に保存しているひとの部屋を覗いたような小さな小さなショップだった。

目と鼻の先には、寺町通りなど賑やかな商店街があるというのに、
きんだらんどの周辺はとても静かだ。

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真夏のうだるような暑い日の午後の訪問であった。
この店には何となく冬の温かな午後が似合う気がする。
加湿器の音が静かに聴こえ、窓ガラスがうっすらと曇るそんな午後が。
たぶん、それは私が幼少時代に通った図書館のイメージなのだろう。

店を出た私は近くのレトロな店で小豆アイスを食べた。
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きんだあらんどの場所はこちらで

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  1. 2013/09/01(日) 21:03:13|
  2. 絵本ショップ
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かこさとしふるさと絵本館「石石(らくらく)」

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場所は越前、福井県にある。
作者の故郷らしい。

これも縁だろう。
夏旅の途中で偶然、探り当て辿り着いた。
とりわけ縁を感じるのは、今年があの「からすのパンやさん」の続編が
40年の歳月を経て出版された年だから。
9月には「どうぼうがっこう」の続編も出るようだ。

子どもの頃、加古里子という名前は不思議だと思っていた。
性別も分からなければ、姓と名の区切りもわかりにくい。(小野妹子のように)
ただ耳馴染みがよく一度聞いたら忘れられない。

今回は偶然が重なって、この絵本館を訪れたわけだが
何か吸い寄せられた気がしてならない。
だるまちゃんの笑顔を見ているとそんな気になるのだ。


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  1. 2013/08/25(日) 12:49:56|
  2. 絵本館
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1枚のピース「16冊目=あのときすきになったよ」

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桜は満開だったが、空は沈んでいた。
先週、群馬県前橋市にあるタンタンショップを再び訪れた。
タンタンショップの店の奥には「絵本屋」があり、ここはラインナップが抜群にいい。
この日も夫婦で3冊の絵本を購入。

この日の「夜のリレー」は、妻がタンタンショップで買ったばかりの「あのときすきになったよ」

2人の小学生の女の子の話だ。
私が通っていた小学校はもう無い。
廃校になり、同じ敷地内に別な名前の小学校が建っている。
新しい小学校は、建物の「向き」が変わっていて、たとえ敷地が一緒でも校庭の土が同じでも、
私には全く別な小学校に思えて寂しい。

「あのときすきになったよ」の中で、女の子が先生に叱られて廊下立たされる場面が出てくる。
実は私も同じような経験がある。
廊下ではなく、ベランダだった。
以前、このブログでも紹介したカジ君と一緒に。
授業中に隣の席にいたカジ君に話しかけれた私は、会話に夢中になったのか、授業中にもかかわらず、全く声をひそめることも普通におしゃべりを続けて、気がつけば「うるさい!」と言われてベランダに立たされていた。

私の通っていた小学校は「蜂の巣校舎」の異名をとる奇妙な形の学校で、教室が正方形ではなく、確か六角形だか八角形の形をしていて、窓が多かった。
ベランダに立たされたカジ君と私は、教室にいる他の生徒から丸見えで、バツが悪かったので私達は教室に背を向けて外の風景を眺めていた。
記憶に残っているのは、そのときカジ君と何を喋っていたかではなく、ましてや授業の内容でもない。
ベランダから見た風景と、楽しくてたまらないと様子のカジ君の笑顔だけだ。

あの頃過ごした小学生の日々がもっともっと克明に記憶されていればいいと思うが、
記憶はどれも断片的で、引出しの中でごちゃまぜになったままだ。

最近、絵本を読んでいると、登場人物に子供が多いからだろうか、
そうした断片的な記憶のピースが次々と姿を出す。
1枚づつのバラけたピースでは、とうていパズルは完成しないが、
その1枚が捨てられずに残っていたことに、何とも言えぬ愛おしさを感じる。

カジ君はいま、どうしているだろうか?


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  1. 2013/04/07(日) 15:31:31|
  2. あのときすきになったよ
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HAND AND HAND「15冊目=てとてとてとて」

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スクラブルというアルファベットが印字された駒を、クロスワードパズルのように縦横につなぎ合わせて、英単語を作っていく、というゲームがある。
英語教師だった伯父がくれたもので、子供の頃、父や弟たちとこれでよく遊んだ。

スクラブルではそれぞれのアルファベットに得点があり、単語を形成しにくい文字「Q」や「Z」は高得点になる。余談だが、この「Q」と「Z」を同時に使える「QUIZ」は必殺の英単語であった。
単語を作りやすいのは何とっても「S」で、何しろほとんどの名詞はSを付けるだけで複数形になるため、
ボード上にある名詞にコバンザメのごとくSを付けて得点を稼ぐのはこのゲームの常套手段だ。

「AND」という英単語も、文字を足しやすい便利なワードだった。
前に「B」を付ければBAND、「L」を付ければLAND、そして「H」を付けるとHAND。
このゲームで遊びまくったせいか、わたしはHANDという英単語の中にANDという接続詞が含まれることが、
経験的に染み込まれている。
アルファベットの語源については知らないが、「H」は、2本の棒が前に手を伸ばして握手しているようにも見えなくもない。

「てとてとてとて」は、英訳されていないと思うが、
もし英訳すると、「HAND AND HAND AND HAND AND HAND」でいいのだろうか?
平仮名の五十音でも、「て」と「と」は仲良く順番に並んでいる。
言葉や文字の世界は奥が深く、考えだすとどこまでも彷徨うことになりそうだ。

中島みゆきの「時刻表」という歌の中で、雑踏の中で溶けこむ人々を綴った歌詞にこんなフレーズがある。

街角にたたずむ ポルノショーの看板持ちは爪を見る。

爪や指紋、手相、ひとはふとした瞬間に自分の掌の世界に目を落とす。
まるでそこに自分の何かの答えがあるかのように。

妻は自分の掌だけではなく、わたしの掌もよく見る。よく触れたがる。
そこにわたし自身が口にできない答えを探しているのか、言葉にできない感情を救い出そうとしているのか、
幼児教育にずっと携わってきた彼女にとって、キモチの送受信は言葉だけではないらしい。
目、手、匂い、歩き方、仕草…
何かにつけて、「きょうのあなたは」という。
「つながり」の実感NO.1は、わたしはソフトバンクではなく、妻である。




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  1. 2013/03/31(日) 13:23:59|
  2. てとてとてとて
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ミックスソフト「14冊目=なかよしこぐままんなかに」

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子供の頃、我が家の基本ルールは「平等主義」だった。
うちは兄弟3人で、だから母はプリンもヨーグルトも必ず3連パックのものを買ってきた。
お年玉は、親戚から頂いたものを母がいったん回収に、再分配した。
人懐こい次男は初対面の縁戚の方からも、調子よくお年玉をゲットできる要領の良さを持ち合わせており、
引っ込み思案だったわたしにはそれはできなかった。
たくさんのお年玉を稼いでくる次男にしてみれば、
この「再分配方式」は腑に落ちないシステムだったかもしれない。

先月、弟夫婦の家を訪ね、幼い甥っ子兄弟と会った。
たくさんのオモチャがあるのに、甥っ子二人はなぜか風船遊びに夢中だった。
上の子は青い風船を、下の子はピンク色のを。
下の子は「青い風船」が欲しくてしょうがない。
上の子はそれを知っているからゼッタイに渡さない。

「貸して」「ヤダ」「ちょうだい」「ダメ」

この繰り返しで簡単に喧嘩になる。
今も昔も兄弟喧嘩のきっかけというのは変わらないんだなぁ、と思った。
やがて、上の子が風船遊びに飽きてしまう。
青い風船がフリーになる。
下の子は、ようやくお目当ての青い風船を手に入れられたのだけど、
どうやら、彼が本当に欲しかったのは「お兄ちゃんが大切にしている青い風船」だったようだ。
1人になってからの風船遊びは長くは続かなかった。

所有合戦、横取り、陣取り。
わたしも子供の頃は、こんな経験を山ほどした。
ずいぶん意地悪もしたし、不毛な争いもあっただろう。
だから「なかよしこぐまのまんなかに」は、わたしには「あるあるネタ」だ。

社会人になって初めてひとり暮らしを始めたとき、
わたしはスーパーで3連パックではなく、必ず単品売りのプリンやヨーグルトを買った。
それを買うとき、いつも子供時代の自分を思って、気恥ずかしさを感じた。

結婚してからは、2個買うようになった。
2連パックではなく、単品を2個。
気がつくと同じもを2個買っていることが多い。
違うものを1つづつ買うと、「こっちがいい」「そっちがいい」で兄弟だとこれもまた喧嘩の原因になる。
夫婦はそれでは喧嘩にならないが、たぶん無意識に喧嘩しないように、と無駄な配慮をしている自分が可笑しい。


妻の好きな言葉は「半分こっこ」だ。

例えば、レストランに入ると違う料理をふたつ注文し、シェアをする。
ソフトクリームなら、わたしがバニラで、妻がチョコを頼んでも、
結局シェアすることで、ミックスソフトになる。
ならば、最初から2人とも、ミックスソフトを頼めばいいと思うのはわたしの発想で、
彼女は「半分こっこ」に分け合いたいのだろう。

妻は、まんなかに線を引こうとはしない。
あえて言えば、彼女は大きな丸い円を描いていて、こん中にあるのは全部わたしたちのものだよ、
と言っているような気がする。
最近ようやく、わたしもこの妻のシステムに慣れつつある。



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  1. 2013/03/30(土) 10:48:21|
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